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2009年09月06日

もはや戦後ではない

キーワード
もはや戦後ではない 経済白書 政治 自民党 民主党 55年体制

護送船団方式 傾斜生産方式 政権交代 小泉潤一郎 鳩山由紀夫

※リンクが付いている単語はウィキペディアの該当ページに飛べます。
※以下の文章は筆者の個人的な見解であり、いかなる団体・メディアによるものではありません。


1956年、経済水準が戦前を越えたことから経済企画庁はその年の経済白書の結びで
「もはや戦後ではない」という表現を使い、流行語となった。

それから53年が経った2009年8月30日、
衆議院総選挙で民主党が大きく議席を伸ばし第一党となり、自民政権が崩壊した。
筆者はこれをもって「もはや戦後ではない」と考える。

戦後とは何か?
それはすなわち
55年体制(自民党政権)
護送船団方式
傾斜生産方式
・保護貿易による農家の保護
・日米安保体制

である。

自民党が長期安定政権を持ち、
護送船団方式と傾斜生産方式で大企業を保護し
その見返りとして企業群は献金や選挙の際支持団体として大票田となる。
もちろん農家への保護も忘れない。
そして、アメリカの傘の下による外交の展開。
これこそが長らく続いていた「戦後体制」の本質である。
これらの体制が戦後50年以上にわたって維持され
日本の成長と衰退を牽引したのである。

戦後体制は人の人生に例えることができる。
@18歳まで
55年産声を挙げた戦後体制は
60年の安保闘争に端を発する「学生運動」に青春を費やし
70年代初めまでのめりこむ。
同時に1955〜1973年まではいわゆる「高度経済成長期」であり
体(国力、経済力)を大きくしていった。

A20代〜40代
1973年のオイルショックで若さと勢いだけでは駄目だということを痛感し、
省エネスタイルへ転換。
オイルショックからいち早く抜け出し、安定成長期に入る。
人間で言うと働き盛りであるこの時期に自動車、電機という得意分野を大きく伸ばした。

B50代〜定年
そして、85年のプラザ合意に始まる円高不況バブル景気という名の
退職金を受け取る

C定年〜
しかし、その退職金の使い方を誤り、
バブル崩壊以後低成長、マイナス成長を続けほとんど寝たきりの状態が続く。
小泉純一郎という主治医(総理大臣)の下で新自由主義的な改革をめざし
痛みを伴う治療を行い、一時的に快方へ向かうも
サブプライムローン」というはやり病に感染。
その後の主治医(総理)の治療もパッとせず、ついに終焉を迎えた。

国際競争が激しくなるにつれ、
護送船団方式で保護された企業の競争力の低下が明らかになった。
消費者意識が多様化し、IT産業、ニッチ産業が伸びるなか、
重化学工業の成長を目的とした傾斜生産方式も限界が見えた。
減反政策の見直しについては石破茂農水相も言及するなど
自民党内でも疑問の声が挙がる。

このような崩壊への布石があり、
そして2009年8月30日、まさに歴史が動いた。
戦後政治最後の砦、
自民党政権(55年体制)が崩壊した。

1955年以来、根本的には何も変わらず続いてきた戦後体制が終わった。
まさに「もはや戦後ではない」のである。




posted by Ty at 22:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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